年齢 :26歳 1999年生まれ(新潟県湯沢町出身)
所属 :ホテルロッソSC
所属チーム:WRA(World Racing Academy)
・中学3年 全国中学2位、ジュニアオリンピック3位
高校に上がるとともにナショナルチームに選抜
・高校2年 全国大会初優勝(国体)その後、国体3連覇
大学時代(近畿大学)
・大学1年 インカレ優勝(2018年)
・大学2年 ユニバーシアード 5位入賞(2019年)
・大学3年 地元苗場でワールドカップ初出場(2020年)
・2021年単身イタリアに渡り、レーシングチームWRAに所属する
社会人時代(新潟県スポーツ協会〜ホテルロッソSC)
・2022年ヨーロッパカップ 5位入賞(日本人史上最高位)
・2022年前十字靭帯損傷、外側半月板損傷で手術
・2025年世界選手権出場
2016年2月13日、FISアルペンスキーワールドカップ湯沢苗場大会が開催され、大回転で八海高校 若月隼太君は前走を努めました。世界のトップ選手が競う苗場のバーンを力いっぱい滑り終え、大観衆の前で天に向かって両手を突き上げ、雄叫びを上げる隼太選手に感動したことを忘れません。湯沢町の子どもたちが、世界の舞台で活躍することをいつも願っています。「頑張れ若月隼太選手」アジア人初のワールドチャンピオンを目指して。応援しています。
自宅の裏山がワールドカップコースという、超恵まれた環境をバックに持っている若月隼太選手。彼が世界への扉をノックしたのは、まぎれもない裏山で開催されたワールドカップ2016苗場でした。フォアランナーとしてワールドクラスのレーシングピステを堂々と滑り降り、というよりはゴールエリアでの堂々とした立ち振舞いが他との違いを感じさせ、いかにもここが自分の居場所と言わんばかりの雰囲気を醸し出していたことを忘れられません。身体も小さかった子どもの頃から変わることないワールドカップへの強い思いは、より増幅して全身から発しているように感じます。打ちのめされても立ち上がる!叩き落とされても這い上がる!怪我から復帰した強い若月隼太選手を見ることが楽しみでなりません。彼の思い描くビジョンが、スキーファンの共感を生むことを心から願っています。
初めて彼に接したのは韓国での試合でした。レース後思うような滑りができず涙を流す姿を見ました。私も幾度も同じ経験をしてきました。晴れやかな結果の影には数多くの失敗、悔しさがあると思っています。その数年後同じ海外のチームでトレーニングを行うようになりました。右も左もわからない彼に私は多くを伝えることはしておりませんが、きっと何かを感じ取ってくれていたと思っています。目標に突き進み、常に上を見て、そして謙虚に。結果を出すには準備が全てです。